駅のホームに設置してあるホームドアに寄りかかると危険だというが、なぜ危険なのかいまいち理解できない。寄りかかっても安全な設計にすべきではないのか。
それはおいといて、寄りかかると危険なのであれば、寄りかかれないように、あるいは寄りかかりたくなくなるように、何か工夫をすべきだろう。
駅のホームに設置してあるホームドアに寄りかかると危険だというが、なぜ危険なのかいまいち理解できない。寄りかかっても安全な設計にすべきではないのか。
それはおいといて、寄りかかると危険なのであれば、寄りかかれないように、あるいは寄りかかりたくなくなるように、何か工夫をすべきだろう。
新宿の歩道を、携帯電話を見ながら歩いていると、ハトが眼の前を飛んで横切った。びっくりして立ち止まったのだが、携帯電話を見ながら歩くのはやはり危険…いや、関係ないじゃないか、この場合。
まさかハトが人間の回避行動を予測して飛ぶこともなかろうから、ハトが本能的に衝突しない距離感で飛んだということなのだろう。つまり、おそらく立ち止まる必要はなかったのだ。
定期メンテナンスというか、クリーニングに行ったら、右利きですかと質問された。右利きだと右側の歯を磨くときにバックハンドになって汚れが残りやすいという。
livedoor news に、残業規制で残業させてもらえなくなり、残業代の分、手取りが減って生活が苦しくなった、という記事が出ていた。この話は以前からラジオでも定番の話題で、何を今更という感じもする。
残業イコール過労死の原因、ブラック企業、のようなイメージがあるのかもしれないが、現実は違う。残業カットで困っている人がいる。
ブームらしいが、大気中の二酸化炭素が増えたら温暖化が進むのではないかと若干心配である(笑)。
とあるコンビニで振込みをしたのだが、レジの店員さんが外国人で、手順も慣れてなかったのか、こっちも調子が狂って、全手順終わったところで固まってしまった。数秒して理解した。
手順が通常と同じでも、スローになるだけで脳は混乱するようである。
首相が、忖度したかどうかはされた側からは分からない、というような答弁をしたようだが、こんな当たり前のことを質問する側の神経がわからない。
乗るのかどうか分からない人が近付いてきたら、ボタンの近くに立っている人がかなり困るというのが分かった。
山本周五郎さんの「ながい坂」を読んだ。その中の一節。
『尚功館へ入学して以来、他の人たちとは違ういろいろな、新らしい経験をしてきたが、いま思い返してみて、これがむだだということは一つもなかった。』(新潮文庫、下巻、p.104)
無駄が一つもないというのは、どんなことも今後の参考情報にしてやろうという意志があるからだろう。人間には生まれつき学習機能が備わっているから、無意識でも役立っているということもあるかもしれないが、学んだことを活かそうとする努力がなければ折角の体験も活きてこない。
並んで待っていると、前の人が操作が分からなくて長時間待つことになってしまう食券の自動販売機が、少なくとも2つある。松屋とリンガーハットだ。食べるものは決めたのに、どこを押せばその食券が買えるのか分からない。